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MAPPA 丸山正雄取締役会長×大塚学代表取締役社長 対談
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――「レゼ篇」を映画というフォーマットにした狙いを教えて下さい。
大塚:TVシリーズを1クールやった後、その後に続くエピソードをどうするか考えた際に「レゼ篇」は起承転結がしっかり作られていたため、映画に合うと思いました。元々『チェンソーマン』にとって“映画”は重要な意味を持っています。学校のプールや日常シーンなどで「映画だったらどういう芝居をやらないといけないのか」を演出家やアニメーターが工夫してくれました。
丸山:抽象的な言い方ですが、「レゼ篇」は観ていて気持ちがよかった。好きな人が好きなことを面白がってやっている楽しさや、愛情が伝わってきました。
大塚:そうなんですよね。皆のやりたいことがぶつかり合ってまとまった映画です(笑)。
丸山:僕はそれが今のMAPPAの強みだと思うんです。会社の方向性として「トライする」意識が強くて、難しいことをパッションでやりきっちゃう。
――「レゼ篇」は、前半と後半のコントラストも鮮烈ですよね。
大塚:『チェンソーマン』然り、MAPPAが手掛けてきたタイトルはアクションを頑張る印象があるかと思います。観客の皆さんも「凄いアクションがいつ来るのか」と期待しながら観ていてくれていたでしょうから、そこに至るまでの日常や恋愛要素をいかにしっかり積み重ねていくかが重要でした。どうしてもTVシリーズだとこうした展開はやりづらいので、映画というフォーマットならではだと思います。
――大塚さんから演出チームに何かアドバイスなどはされたのでしょうか。
大塚:ないですね。僕がアドバイスしたのは主にスタッフィングの部分くらいです。もちろん上がってきたものに対して気になる部分があれば指摘はしますが、今回はどのパートにもエネルギーを感じていたので言うことはありませんでした。
――「レゼ篇」はアメリカでも熱狂をもって迎え入れられました。
丸山:僕は日本のアニメーションが海外、特にアメリカに進出し始めた頃からの人間なので、今日に至るまでの過程をずっと見てきました。『獣兵衛忍風帖』(93)を持って一生懸命アメリカに「ジャパンアニメはすごいぞ」とアピールして、それが海外のクリエイターに影響を与えて『マトリックス』のオムニバスアニメーション『アニマトリックス』など、実写界隈に拡がっていき、宮崎駿さんはまた違った側面で世界に打って出て――こうした挑戦を繰り返してきた時代の経験者からすると、『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』が受け入れられているのを見て、ついにここまで来たかと感じましたね。それらの作品をアメリカの若い方々が観ているわけじゃないですか。日本のアニメ文化がそこまで幅広く届いている事実そのものへの感動があります。
別に一つの作品単体で突破したわけではなく、ここに至るまでの軌跡、歴史があって、その土壌の上に現在の成功が成り立っている。良い時代のタイミングに応えられる素材があった、ということだと思います。僕らがヒットはしなかったけど歴史に残るようなものを作り続けて一生懸命に耕した畑に大塚くんが『チェンソーマン』という良い種をまいて、良い水をあげて花が咲いたんだなと。そう感じられて、とても幸せでした。明日死んでも悔いはないなと(笑)。
大塚:丸山さん、「明日死んでも~」って15年前から言ってますよ!(笑)
丸山:その割に長いという(笑)。
大塚:いまお話に出た『鬼滅の刃』の強さは、全年齢対象であることだと思います。僕らは同じ手法で立ち向かうのではなく、『呪術廻戦』や『チェンソーマン』で20~30代のクリエイターがとにかくカッコいいと思うものをフィルムにたたきつけるスタイルを取り、後に続けた気がしています。
若者たちの青春エネルギーが、魅力にまで昇華できているんじゃないかと。クリエイターたち本人は決して「コアな作品にしよう」とは思っていませんしね。それと同じように、宣伝やライツのチームも諦めませんでした。「男性ファンが多いのかな」「原作ファンが中心かな」と思ってしまいがちなところを、「女性ファンや高校生の子たちも『チェンソーマン』に触れたことのなかった方も「レゼ篇」を観てくれるだろうし、観てもらおうとしないといけない」と可能性を排除しなかったからこそここまで到達できたのではないかと。
僕も含めて誰も「興収100億を目指します」とは言えませんでした。でも皆、心の中では諦めてなくて、それだけのポテンシャルがこの作品にあると信じていました。どういう意志を持って作品と向き合うか――「レゼ篇」が次につながる自信になったように感じます。
丸山:僕の標語は「魅力ある欠陥商品」であること。個人的には完璧な完成品は望んでおらず、どこか一つでも圧倒的な魅力があれば人はついてきてくれるというのが持論です。監督という生き物はどうしても完璧にしたがりますが、直す金があったら次の作品をやったらいいと僕なんかは思っちゃう(笑)。大塚くんはそうした乱暴さを受け継ぎつつ、僕のように乱暴にはやらないところが素晴らしい。僕がMADHOUSEを始めたときと同じ年齢で彼はMAPPAを引き継いだわけですが、「レゼ篇」は若くないとできないと思います。観たときの第一印象が「もう俺にはこんなことはできない!悔しい!」でしたから(笑)。
大塚:でも逆に僕は社長になった2016年に丸山さんが企画した『この世界の片隅に』を観て、「今の自分には作れない」と感じました。自分がプロデュースしてあの映画が完成するイメージが全くできなくて。お互いに同じ想いを持っているんでしょうね。
丸山:きっと「レゼ篇」を観た人はみんな「自分もこうしたい」と夢見るだろうけど、社長が大塚くんに代わってMAPPAが歩んできた10年の蓄積があったからこそできた代物、達成できた成功だと思うわけです。
大塚:なんならもう1回は作れないと思っています(笑)。あの瞬間、あのメンバーだからできた作品だなと。
丸山:それはあるね。そのときの瞬発力が大事なんです。途中で「もっといいものにしよう」といじくり回すとダメなんですよ。ワーってやっちゃわないと。そこをわかっていてああいうものに仕上げているのが伝わってきて、観ていてとても嬉しかったです。
僕らの時代――押井守くんや宮崎駿くん、川尻善昭くんたちの作品は作家性が強かったように思います。全員「皆に見てほしい」という意味でエンタメだと思って作っていましたが、どちらかといえばアート寄りでした。でもある時期から、一種の匿名性――作家個人の色だけじゃなく、様々な要素をちゃんとエンターテインメントとして作ろうぜという方向に変わってきたように感じます。原作の要素は強くあるけれど、それを楽しく、面白く見せようぜと。アート以上にエンタメ性が強くなってきた流れが、日本のアニメが世界に広がってきた動きと合致しているのではないでしょうか。前は「日本のアニメはちょっとハードすぎる」とアレルギーを起こしていた海外の観客が、そうではなくなったことも関係しているように思います。
大塚:上映時間のセオリーなども変わってきていますよね。『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』なんて2時間半ですし、『国宝』は3時間。逆に「レゼ篇」は100分だし、よく言われていた「映画は100分以内じゃないとヒットしない」という“通説”はもう崩れている。TVシリーズと映画の境界線もなくなりつつあると感じます。
――クリエイターの皆さんが個性を発揮しやすい環境づくりの秘訣はありますか?
丸山:こうすれば必ずヒットするという必勝法がないように、その時々の判断でしかない気はします。例えばチーム作りにしたって、算数のように2+2が4にはならないことの方が多くて、いくら足してもマイナスになってしまう場合だってある。仲良しグループでやればうまくいくものでもないですしね。逆に不満な人がいっぱいいたとして、説得できれば勝ちなんです。だから不満な人を排除しちゃいけない。「チーム作りをどうしたらいいか」と聞かれるたびに僕が言うのは「好きにしたらいい。貴方が説得できれば勝ちだし、説得できなかったら負け」ということ。大前提として、アニメーションは一人では作れません。だからこそ、合わない人を取り込めるかどうかは、出来上がった映画がいかに説得力を持って世の中に展開していけるかに直結すると考えています。
大塚:そもそも同じ事象は絶対に起きませんしね。仮に「レゼ篇」のチームをまた集めたときに、本作にあったドライブ感をもう一回表現できる保証はありませんから。僕の立場でいうと「レゼ篇」のような投機的な作り方をいつまでやっていていいのかという思いもあります(笑)。不運が重なると会社の経営は傾いてしまいますから、バランスを取っていかないといけません。
――再現性のなさが、新鮮さや感動に繋がる部分もありますよね、きっと。
大塚:僕らも「レゼ篇」を観たときに「こんなの出来上がったの!?すごい」と驚きましたし、そこを追い求めているところもあります。投機的と言いましたが、やっぱり失敗することもあります。ただ、その経験をどう次に生かすか。空振りするにしても必死に取り組んで全力で振り切らなければ、その後に生かせませんから。過程が大事だと思います。環境の話を聞いていただいているのに、結局精神論になってしまいました(笑)。
――いえいえ、精神性の部分は環境づくりの重要な要素だと思います。システマチックにやればいいというものでもないでしょうから。
大塚:そうですね、環境は多くの場合、人に起因していると思います。
丸山:スタッフは賃金や環境のことを気にするものだし、そこのケアは当然です。ただ、アニメ業界の現在に至るまでを振り返ったとき、アニメ制作者の総人口が200~300人という時代にお金がない・時間がない・人がいない・国も何もしてくれない状態で乱暴に突破したことが後々の発展の土壌を作った側面も無視できないわけです。あの頃にあったエネルギーがだんだんと失われてきたなかで、『呪術廻戦』や『チェンソーマン』が出てきて世界的にヒットしているのは感慨深いものがありますね。
――本日は貴重なお話の数々、ありがとうございました。最後に、全世界のファンに向けてメッセージをいただけますか。
大塚:日本のアニメというものの文脈ってあると思うんです。丸山世代のとんでもない個性を持った天才たちが爆発的に時代を前に進めて、その系譜に『チェンソーマン』や『呪術廻戦』がある。いま日本の様々なアニメを見て下さっている若い方たちは、こうした日本アニメの歴史を知っていただけると、楽しみが増すのではないでしょうか。またこの先、日本のアニメはもっと進化して、観ていただける地域が広がっていくはず。その発展を追いかけていただけたら嬉しいです。僕たち自身、面白くしないと先人たちに怒られてしまうという覚悟で取り組んでいます。
(取材・文/SYO)